2015年12月23日水曜日

《ガラテヤ書連続説教 7》 前もって告げられた福音 ガラテヤ3:6~14

  前回の箇所(1-5節)では、私たちが聖霊を受けたのは信仰をもって聴いたからである、ということが強調されていました。6節は、そのことを受けている言葉です。「アブラハムは神を信じ、それが神との義とみなされました。」 「神を信じた」というのは、《神が言われることを聴いて信じた》ということに他なりません。
 ここでアブラハムが登場します。ユダヤ人の父祖として彼らが尊敬してやまない人物であり、「われらはアブラハムの子孫である」ということを彼らは誇りにしています。そのアブラハムについて、なんと《ユダヤ人だけではなく異邦人も救われるという福音は、このアブラハムに前もって約束されていたのである》と、パウロは言うわけです。これは普通のユダヤ人にとって、大変ショッキングな発言だったと思います。彼らとっては、青天の霹靂のようなものであり、まさに大それた発言であったに違いないのです。
 アブラハムは、いつごろの人か。イエス様が来られるよりも二千年近く前の人です。その頃のことは正確には分かりませんが、《およそ紀元前1900年頃の人であったろう》と考古学語的研究に照らして言われております。それにしても、ずいぶん昔です。今から4000年も前のことで、その頃の日本の歴史は皆目わかりません。《そのアブラハムに神が約束なさったことが、なんと、イエス・キリストによって成就しているのだ》ということを、ここでパウロは、はっきり述べているのです。このようなパウロの(そして私たちの)福音理解は、当時のユダヤ教徒を本当に驚かせたのではないでしょうか。
 だけれど、イエス様がヨハネの福音書8章56節で語られたことばを見てみたいのですが、すると、そのイエス様のことばとパウロの発言とが、不思議に響き合うのです。イエス様はこう言われています。「あなたがたの父[祖]アブラハムは、私の日を見ることを思って大いに喜びました。彼はそれを見て、喜んだのです」と。これは、考えてみると、すごい発言ですね。
《1900年も前のアブラハムが、1900年後のイエス様の来臨の日を見ることを思って、大いに喜んだのです》と、イエス様はおっしゃいます。それを聞いたユダヤ人たちはびっくりし、「あなたはまだ五十歳になっていないのにアブラハムを見たのですか」と問いただします。するとイエス様は、「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前からわたしはいるのです」(ヨハネ8:58)と言われているのです。
 イエス様は神のことば・永遠のロゴスとして、ずっと前から、初めから存在しておられました。その神のことばであるイエス様が人となって世に来られたのが、今から2000年余り前のクリスマスの出来事であったのです。そういう意味で、イエス様は「アブラハムが生まれる前からわたしはいるのです」と言われているのだと思います。それでガラテヤ書3:6-8のパウロの大胆な発言は、このイエス様ご自身のことばによって支持されている、と見ることができるのです。
 このイエス様と、パウロは、ダマスコ途上で出会わされました。そのとき彼は、キリスト者と教会を迫害しておりました。それなのに、迫害されているキリスト者や教会がキリストと信じるイエス様との劇的な出会いを、パウロは[その時はまだサウロと呼ばれていましたが]経験しました。その結果、彼は回心したのです。そして、「キリストが私のうちに生きておられるのです」と告白するまでになります。すでに2章20節で、そのことを学びました。「私は、キリストとともに十字架につけられたままでいます。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」
そのキリストは、アブラハムが生まれる前からおられた方です。「アブラハムは、わたしの日を見ることを思って大いに喜びました。彼はそれを見て喜んだのです」とおっしゃるキリストが、パウロの中に生きておられるのです。ですから、パウロは確信をもって、《聖書は、ユダヤ人も異邦人も区別なく救われるという福音を、前もってアブラハムに告げておられたのです》と言うことができました。パウロが確信をもってそう言えたというだけでなく、私たちも確信をもってそう言える立場にあります。ですから、そうならなければなりません。私たちはみんな、パウロと同じように、イエス様と出会わされたキリスト者であるのですから。
イエス・キリストと出会わされた経験を持つキリスト者、「私の中にキリストが生きておられる」と告白するキリスト者は、パウロと同じく、《私たちを救ってくれた福音はアブラハムに前もって約束されていたものである》と、確信をもって言うことができます。旧約聖書の見方についても、キリスト者は独自のものを与えられています。それは《イエス・キリストによって旧約を見ていく》ということです。キリスト教会は、旧約だけを正典(聖書)とするユダヤ教と違い、旧約と新約を合わせた聖書を正典として受け入れています。それは新約のイエス・キリストにおいて成就している書として旧約を見ているからなのです。
  「あなた(アブラハム)[の子孫]によってすべての国民が祝福される」というアブラハムへの神の約束は、創世記12章に記されています。アブラハムは、この約束を聴いて信じました。神はそれを「彼の義と認められた」と、創世記15章6節に記されています。アブラハムは神の約束のことばを信じ、その信仰が神の御前に義と認められたのです。アブラハムが神の御前に義と認められたのは、律法の行いによるのではありません。
アブラハムには、まだ律法が与えられておりませんでした。律法がモーセを通してユダヤ民族に与えられたのは、アブラハムから数百年も後のことです。ですから、アブラハムが神に義と認められたのは、律法の行いによるのではありません。まさに神の約束を聴いて信じたからに他なりません。
《まことにアブラハムは「信仰の人」である》ということを、ここでパウロは強調しています。「そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです」(9節)。「信仰の人アブラハム」は、「信仰による人々」の代表として、彼らの先頭に立っています。私たちキリスト者は、「信仰による人々」として、その後に続いているのです。そのように考えると、「信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです」ということが、もっとよく分かるのではないでしょうか。
この「信仰による人々」として、アブラハムのように神の約束のことばを聴いて、信じて義と認められていくのは、アブラハムの肉の子孫であるユダヤ人だけではありません。そのことにおいては、もうユタヤ人と異邦人という区別や差別はありません。誰でも、信仰によって義と認められるのです。この「信仰による人々」の中には、直接この手紙を受けているガラテヤの諸教会の信徒(回心者)がいるし、もちろん、ここにいる私たちも含まれています。ユダヤ人と異邦人という対立や差別を乗り越えて、私たちキリスト者は、みんな「信仰による人々」としてアブラハムの後に続き、アブラハムと共に《信仰によって義と認められ、神の子とされる》という祝福を受けているのです。
 「祝福」と対立する言葉は「のろい」であります。ここにも「のろい」という言葉が出てきます。旧約聖書のモーセ五書の五番目の書「申命記」の27章11節以下に、祝福とのろいの言葉が記されています。この言葉を語られているイスラエルの民は、指導者モーセによって神から律法を与えられていました。《その律法を守り行うなら祝福される。律法に背くようなことをするならのろわれる》ということが、これでもか、これでもか、と繰り返し語られ、その言葉が書き記されているのです。後で読んでみてください。
 ここでは、祝福とのろいが、それぞれ祝福は「キリストの信仰」、のろいは「律法の行い」とつながっています。私たちが祝福を受けるのは、律法の行いによるのではありません。この言明は《律法を守り行うなら祝福される》という申命記の言葉と矛盾するように見えますが、ここでパウロが言っているのは、《祝福は律法の行いによらず、キリストの信仰による》ということです。申命記は《律法を守り行えば祝福される》と教えますが、パウロは《律法の行いによっては、誰も祝福されない。いくら頑張っても、人間は律法を守り通すことなどできない》と言います。なぜなら、「律法の行いによる人々はすべて、のろいのもとにあるからです」(10節)
そのように言ったり書いたりするパウロは、実は、パリサイ派の一人として、「律法による義についてならば非難されるところのない者です」(ピリピ3:6)と自負できるほど、誰よりも熱心に律法を守り行うことに励んだ人でした。でも、律法を守り通す生活をすることができない、ということを痛感させられたのです。
 守り行うべき律法の一番の骨子は、申命記6章5節以下に記されています。それは「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」ということ。もう一つは、レビ記19章18節にある「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」ということ。イエス様は、律法をこの二つの戒めに要約してくださいました。これは大変ありがたいことです。律法はこの二つの戒めに尽きる、というのですから。
それにしても、問題は、《それをあなたは完全に守り行うことができるか》ということです。そのようにしたいと思って、いくら努力しても、なかなかそうすることができません。それが人間の弱さではないでしょうか。ですから、律法によっては、かえって自分の弱さを知らされるだけだ、ということになるのです。
 マルティン・ルターは、宗教改革者となる前に、カトリックの修道僧として、誰よりも熱心に修行に励んでいました。そのことについては、「もし修行によって義と認められるなら、私は第一番に義と認められる者だろう」と言った、と伝えられているほどです。そのルターが、《どんな熱心な修行によっても人は神の前に義と認められない》と痛感させられるようになりました。《義と認められるのは、イエス・キリストを信じる信仰によるだけだ、キリストの恵みによるだけだ。それ以外に救いはない》というように、ルターは福音を再発見させられて、それが宗教改革運動を推進する力となり、プロテスタント教会の流れに発展してきているのです。
ユダヤ民族が律法を大事にしてきたことには、いろいろな経過があって、それなりの理由があります。彼らは神に選ばれた民であるという特権を大切に思い、その特権を維持していくという目的が、律法の行いということと深く結び付いていたように考えられます。でも、そのような考え方や態度は、アブラハムとともに祝福を受ける「信仰による人々」とは一致しません。むしろ、対立するのです。アブラハムに前もって神が告げてくださった福音(神の約束)を聴いて信じることと、律法を守り行うことによって自らの特権を維持していくこととは、どうしても合致しません。むしろ、対立することであると言わなければなりません。
パウロは、「ところが、律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです」(11節)と言った後に、「『義人は信仰によって生きる』のだからです」と旧約聖書の言葉を引用しています(14節)。この言葉が記されているのは、ハバクク書2章4節です。この「正しい人(義人)は信仰によって生きる」の「信仰」は、律法の行いとは関係ありません。それは神の恵みをいただくという信仰です。
その神の恵みは、イエス・キリストにおいて示されました。そのキリストは十字架につけられました。このことをユダヤ人たちは、非常に汚れたこと、のろわしいことと見たのです。「木にかけられる(十字架につけられる)者はすべてのろわれたものである」と、旧約聖書に書いてありますから(申命21:23)。そのように十字架につけられて「のろわれたもの」を《救い主キリストである》と主張するキリスト者や教会は断じて許せない、というのが熱心なユダヤ教徒の思いであり、かつてのパウロもその一人であったのです。
そのパウロの十字架に対する見方が変わりました。それは、彼が復活のイエス様に出会わされたからです。イエス様は、十字架につけられて死に、そのまま墓の中で朽ち果ててしまった方ではありません。三日目に、死者の中からよみがえらされたのです。死を征服してよみがえられたお方、それがイエス・キリストです。神はイエス・キリストを死者の中からよみがえらせてくださいました。この復活の出来事の光に照らして、十字架の意味がパウロにはっきり示されたのです。
イエス様が十字架につけられ、のろわれるものとなって死なれたのは、私たちの代わりに「のろわれるもの」となってくださったのである。そのようにパウロは理解し、受けとめるようにされました。そのことを13節に「キリストは、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました」と書いています。私たちを律法ののろいから贖い出すために、イエス様は十字架において御自(おんみずか)ら私たちに代わってのろわれるものとなって死んでくださったのです。
《そのイエス様を、神が死から復活させてくださった》ということが、重要であります。
それでこそ、イエス様の死は《私たちを律法ののろいから贖い出す力である》と言うことができるのです。イエス様の十字架の死は、復活の出来事がなければ、のろわれたものの死とみなされても仕方がないでしょう。しかし神は、イエス様を死からよみがえらせ、高く天に上げて、約束の聖霊を私たちに与えてくださっています。約束の聖霊とは、復活して高く天に上げられたキリストから来る聖霊であります。私たちがこの約束の聖霊を受けるのは、律法の行いによるのではなく、《神が前もってアブラハムに告げ、イエス・キリストの到来によって成就した福音》を聴いて信じることによるのです(14節)
 この福音の祝福(恵み)は、[人種的な差別を超えて]ユダヤ人も異邦人も、[社会身分的な差別を超えて]奴隷も自由人も、[男性優位の性的差別を超えて]男性も女性も、分け隔てなく与えられます。この祝福の中に生かされていることを感謝し、この祝福を分かち合う働きに参加させていただきましょう。

(2007.3.18 村瀬俊夫)

《ガラテヤ書連続説教 6》 信仰をもって福音を聴きつづける

  前回のところで、パウロはガラテヤの教会の人たちに対して、自分の確信するところを力強く述べていました。2章20節がそのクライマックスの言葉であります。「私はキリストとともに十字架につけられたままでいます。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」 この告白を自分でしっかりできることが、キリスト者にとって一番大事な事柄ではないかと思います。
 そのことは、何よりも、イエス・キリストの信仰、イエス・キリストからいただく信仰、またイエス・キリストへ自分自身をすべてゆだねる信仰から来るものであります。3章からは、「信仰」という言葉が多く出てまいります。信仰の本質をパウロが披瀝していこうとする、そのような展開につながるからです。特に今回学ぶ3章1~5節には、信仰という言葉が「信仰をもって聴いた」という言い方で繰り返し出てまいります。
 「聴く」というのは、何を聴くのでしょうか。何を聴くのかは、あまりにも当然過ぎることなので、ここには書いてありません。皆さん、お分かりですね。「福音」を聴くのです。福音はイエス・キリストですから、イエス・キリストを聴く、イエス・キリストの言葉を聴く、と言い換えてもよろしいのです。そのことに関連して、よく覚えていただきたい聖句があります。それはローマ人への手紙10章17節です。「そのように、信仰は聴くことから始まり、聴くことは、キリストについての言葉によるのです。」 
  「キリストについての言葉」は、ギリシア語原文を直訳すれば「キリストの言葉」であり、まさに「福音」であります。ここにはっきり言われている通り、信仰は福音を聴くということから始まるのです。福音を聴くことによって、信仰が呼び起こされてくるという働きもあります。ここでは、信仰をもって福音を聴くという理解が先行していると思います。それと同時に、福音を聴く私の中に信仰が湧き上がってくるのではないでしょうか。福音にすべてをおゆだねしていこう、福音は私のすべてである、という信仰が喚起されてくるのです。
 福音の中心は、もちろんイエス・キリストであり、わけても十字架の出来事であります。ですからパウロは、ガラテヤで伝道したときに、ガラテヤの人たちの目の前で、「あんなにはっきりと、十字架につけられたままのキリストを示したではないか」と書いているのです(1節)。これはパウロの感情のこもっている文章で、彼はガラテヤの教会員たちの心に切々と語りかけています。《この私にも、パウロが訴えかけるように語ってくれいるのだ》という思いで読むと、この箇所が非常によく分かるのです。
 それにしても、書き出しに「ああ愚かなガラテヤ人」という言葉があるので、驚いてしまうかもしれません。新改訳が「愚かな」と訳しているギリシア語は、3節に出てくる「道理がわからない」と同じ言葉なので、「ああ道理のわからないガラテヤ人」と訳してもよいのです。「道理のわからない(物分りの悪い)ガラテヤ人」という言い方は、やはり叱責の言葉であるように思われます。するとパウロは、ガラテヤ教会の人たちに、怒りをこめてこう呼びかけているのでしょうか。
しかし、パウロが本当に怒りを向けている矛先(ほこさき)は、ガラテヤ人ではありません。ガラテヤ人たちを間違った道へと引き込もうとしている誰か、その誰かに対して、パウロは激しい怒りを向けていると言えば向けているのです。それは1節の終わりに、「誰があなたがたを迷わせたのか」とある、その「誰」に対してであります。ですから、パウロの怒りがガラテヤ人に向けられている、ということはできません。そういうことを考え合わせますと、この「ああ愚かな(道理のわからない)ガラテヤ人」という言い方は、非常に逆説的な意味においてでありますが、パウロのガラテヤ人への愛情のこもった呼びかけなのではないでしょうか。
ガラテヤ人への愛情が深いあまり、パウロは思わず、《ああ、なんと物分りの悪いガラテヤ人なのか》と言ってしまったのではないか。そのように私は思います。《あんなにもはっきりと、あなたがたの目の前で、十字架につけられたままのイエス・キリストを語って示してあげたのに、もうそれを忘れてしまうとは、なんと物分りの悪いガラテヤ人なのか》といったパウロの気持ちではないでしょうか。人間の記憶とか印象とかは、非常にあやふやな場合があります。どんなに強い印象や記憶も、何かの拍子に弱まり、ついには消えてしまうことが少なくありません。
  そういうわけで、パウロがどんなにはっきりとガラテヤ人の目の前で十字架につけられたままのキリストを語り示したとしても、それを見て聴いたガラテヤ人がいつまでもその強い印象と知識とを保ち続けることができるかどうか、ということは別の問題になるのです。私たちの信仰生活における一番切実な課題は、そのことだと思います。私の中におられるイエス・キリストを、どのようにして日々新たに《本当に共にいてくださるのだ》と実感し続け、確信し続けていくことができるか。これが、信仰生活を持続させる点での、一番の課題なのです。
 信仰生活を始めた当初は、《私はキリストにすべてをささげている》という新鮮な思いがあふれ、口から出てまいります。しかし、1年、2年、3年と経過すると、同じようにそのことが言えるでしょうか。これは大事な課題であり、義認から聖化への過程をたどることであります。そのためには、いつも主イエス様をしっかり見つめて交わりを親密にし、私のうちに共におられるイエス様をしっかり覚え続けていかなければなりません。
そこで《毎朝のデボーションを大切にしよう》ということが言われます。私はデボーションという言葉をあまり使いませんが、これは神への献身を意味する用語です。このデボーションのために、朝ごとに、福音の言葉を聴いていかなければなりません。デボーションには、福音を聴くということが先行するのです。福音を聴いて福音に身をゆだねることをしないのに、どうして自分を神にささげることがでるでしょう。デボーションをするため、朝ごとに福音を聴いてまいりましょう。そのことを強調し、その実践を奨励しているのがアシュラム運動であります。
朝ごとに、福音をしっかり聴きましょう。聴いてその福音に生かされ、その福音に従って歩みましょう。そのとき、私のうちにキリストが日々新たに共にいてくださることが確信でき、その感謝と喜びが消えてなくなるどころか、いよいよ増し加わるようになります。毎日、しっかり福音を聴いていくとき、そのような恵みの体験を身に着けることができるようになるのです。
ガラテヤにおいて起こっていた問題は、イエス・キリストの信仰によって救われた後、キリスト者生活を持続していく過程において、《律法の行いをするのが大事ですよ》という[パウロや私たちから見れば]誤った教えが持ち込まれたことにありました。誤った教えを持ち込んだ人たちが言う「律法の行い」とは、特に割礼を受けてユダヤ人のようになることであったようです。それに惑わされてユダヤ人のようになろうとするガラテヤ人のキリスト者たちが、起こされるようになったのでしょう。その人たちにパウロは、「ああ愚かなガラテヤ人」と呼びかけているのです。しかし、パウロの批判の矛先は、ガラテヤ人にではなく、《誰がそのように彼らを迷わせたのか》という、その《誰》に間違いなく向けられていました。
パウロの切なる願いは、そのようにして迷わされた彼らが、それによって救われた福音に立ち返り、しっかり福音を聴き続けるようになってほしい、ということであります。そのような熱い思いをこめて、パウロは彼らに問いかけているのです。「ただこれだけをあなたがたから学びたい。あなたがたが[聖]霊を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも信仰をもって[福音を]聴いたからですか」(2節)と
ここでいきなり「聖霊を受けた」という言い方がされているので、唐突に感じられるかもしれません。イエス・キリストが私の中に生きておられるということは、私が聖霊を受けた証しなのです。福音と信仰と聖霊とは、いわば三位一体のような関係にあります。福音の中心はキリスト、福音とキリストは切っても切れない関係にあります。そのキリストが私に示されるのは、聖霊の働きに他なりません。信仰をもって福音を聴くとき、私は聖霊をいただいているのです。聖霊を受けなければ、福音を聴くことはできません。福音を聴いて私の中に信仰が呼び覚まされる、ということも聖霊の働きによるのです。このように、《キリストと信仰と聖霊とは一体化しているのだ》ということを、しっかり覚えておいてください。
 それで「あなたがたが聖霊を受けた」ということは、「あなたがたがキリストを受けた」と言い換えてもよいのです。それは律法を行ったからですか。そうではない。《信仰をもって福音を聴いた、あるいは、福音を聴いて信仰を呼び覚まされた》―そのことによって聖霊を受けたのです。
 「あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。[聖]霊によって始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか」(3節)。パウロは、聖霊の働きをとても大事に考えました。この私が救われる。イエス・キリストを信じることができる。キリストが私と共におられるという恵みを体験することができる。すべてこれらは聖霊の働きによるのです。私たちの信仰生活は聖霊によって始まりました。聖霊に導かれたからこそ、私は罪を赦され、永遠のいのちを与えられ、神の子とされているのです。
 そのように聖霊によって始まったものが、今は「肉によって[自分の努力で]完成される」と言うのですか。そんなことがあるはずはない。義認が聖霊の働きと導きによるならば、聖化も聖霊の働きと導きによるのです。聖霊に導かれるのでなければ、私たちは聖化の生活を保持することができません。
私たちが聖なる(聖別された)生活をするということは、いつも私たちが神の存在を喜んでいる、ということに他なりません。ウェストミンスター小教理問答の第1問は、「人間の第一の目的は、何ですか」で、それは「神に栄光を帰し、永遠に神を喜ぶことです」と答えています。私が聖化されて神に栄光を帰する生活をしているかとどうかの目印(めじるし)は、私がいつも神を喜んでいるかどか、という点にあるのです。
私に御子イエス・キリストを遣わし、その御子の聖霊をも私の心に遣わしてくださった父なる神(4:4-6参照)を私が喜び、心から感謝しているでしょうか。そのように私が神を喜び感謝していることが、私が祝福されて聖化の道を歩んでいることの確かな証しなのです。そのことを心に留め、その意味で聖化への道をしっかりと歩んでください。日々に神を喜ぶ生活をする。そのためには毎日、朝ごとに福音をしっかりと聴いていただきたいのです。
4節で「あなたがたがあれほどのことを経験したのは、むだだったのでしょうか」とパウロが言っていることから、パウロがガラテヤで初めて伝道したとき、彼らの目の前で、情熱をこめて《十字架につけられたままの復活のキリスト》を語ったとき、それを聴いたガラテヤの人たちは本当にその恵みにあずかったのだ、ということが分かります。彼らはパウロが語る福音を、信仰をもって聴いて、それに応答する中で、神によって生まれるというすばらしい経験をすることができたのではありませんか。それをしっかり見届けたパウロは、「万が一にも[それがむだになるような]そんなことはないでしょうが」と言い添えているのです。
 「とすれば、あなたがたに[聖]霊を与え、あなたがたの間で奇蹟[注・神が私たちを罪から救い、永遠いのちを与えて神の子としてくださることは最大の奇蹟]を行われた方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさったのですか。」 もちろん、そうではありません。私たちが「信仰をもって[福音を]聴いたからです」(5節)。信仰もって福音を聴いたとき、あなたがたの間で奇蹟が行われたのではありませんか。あなたがたは聖霊を与えられ、罪を赦され、永遠のいのちを与えられて神の子とされる特権を賜るという、すばらしい奇蹟を経験したのではありませんか。
ですから、信仰をもって福音を聴き続けてまいりましょう。義認に続く聖化の生活も、信仰をもって福音を聴き続けることによって完成されるのです。日々の生活の中で、朝ごとに福音をしっかり聴き続けてまいりましょう。その時に、私の信仰が呼び覚まされ、神に対する感謝と喜びがあふれ出てまいります。それが私たちの聖化される生活の生きた証しとなるのです。   (2007.2.4)
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この説教は、正味19分の比較的短いものでした。録音テープからほとんど省かずに、むしろ多少の補足をしながら起こしても、かなりのスペースが生じました。40分くらい要した比較的長い説教の際は、この4ページ分のスペースに収めるために、カットされる部分がかなり生じるのですが。
この説教が短かったのは、扱った聖書箇所が短かったことと、「信仰をもって福音を聴きつづける」というテーマについて話すべきことが、短い時間で十分に話し切れたからだと思います。これ以上話をすれば、すべて蛇足になったでしょう。説教者である私も語り尽くせたという思いで語り終えることができましたし、聴く側の方々にしても説教が短くて、しかも信仰生活の大切な課題について教えられたのですから満足度が高かったのではないでしょうか。
この説教テーマは、義認と聖化に関する実践的な課題を扱い、キリスト者の信仰生活の大切な側面に光を当てています。私が20年あまり関わってきたアシュラム運動の課題や目標とも合致しているテーマなので、きちっと焦点を合わせて話すことができたのではないかと思います。

聖書から信仰をもって福音を[日ごと新たに]聴きつづけることは、もしキリスト者と教会が福音を証しすることを最高の使命と自覚しているなら、その実践を最大の急務としなければならないものです。その実践の手助けをするものとして《アシュラム運動は最善の方法の一つである》と、私は20年余の経験から確信させられています。   村瀬俊夫

《ガラテヤ書連続説教 5》 キリストが私の内に生きておられる

  前回に述べたように、今回学ぶ2章15節以下は、新改訳聖書では、14節のパウロによるぺテロに対する批判に続く弁明の言葉とみなしています。しかし、パウロのペテロに対する批判の言葉は14節だけで、15節以下は、パウロがペテロに語るよりは、もっと公に自分の考え方を弁明しているものと解するほうがよいと思います。
 15節の「私たちは、生まれながらのユダヤ人であって、異邦人のような罪人ではありません」という言葉は、一見すると、ペテロの考えにパウロが同調しているように思われます。そのため15節以下も、ペテロに対するパウロの言葉の続きだと理解される可能性があるのでしょう。しかし、ペテロへの非難の言葉を14節で区切り、パウロが自分の弁明を始めるに際して、一応ペテロの考え方の立場に対する理解を示すことが当然あり得るわけで、15節はそのように解してよいと思います。ここでパウロは、ペテロを公衆の面前で批判した理由を、その根拠を説き明かしているのであって、それが16節から21節までの内容です。
15節は、ペテロがした行為の背後にある考え方について、「それは私にも分かっていますよ」と、パウロが一応の理解を示したものでしょう。そのことを一応認めるとしても、《そういう考え方を全く無意味にしてしまうのが福音の真理なんですよ》ということをパウロは言いたいのです。
人間の世界には、いろいろな差別意識があります。手を変え品を変えて《人を自分と差別したい》という思いが、潜んでいるのではないでしょうか。でも、福音は《そういう差別意識を究極的には無意味にしてくれるものだ》ということを、ここで私たちはしっかり学んでまいりましょう。その福音の真理を、ここでパウロは初めてと言ってよいと思いますが、「信仰義認の教理」という形で開陳しているのです。
  信仰義認の教えとは何か。ただイエス・キリストを信じる信仰によって、罪人が義と認められる、神の御前で無罪とされる、という教えであります。それをパウロは初めて教理として披瀝しました。それは「人は律法の行いによってではなく、キリスト・イエスの信仰によって義と認められる」(16節)というものです。
 「キリスト・イエスの信仰」と読みましたが、それはギリシア語の「キリスト・イエスの」という属格名詞を主格的にとるか、目的格的にとるかで、解釈が分かれます。目的格的にとれば、信仰の対象(目的)を意味するので、「キリスト・イエスを信じる信仰」となります。日本語の多くの翻訳聖書は、この解釈をとっています。しかし、主格的にとるなら、原文を直訳する形で「キリスト・イエスの信仰」と読むことができるのです。
それを私は「キリスト・イエスからいただく信仰」と理解しております。キリストから恵みとしていただく信仰によって、《私たちは神の御前に罪人ではない》と認めていただくことができるのです。割礼を受けるとか、安息日を守るとか、という形で律法の行いをすることで、神の御前で義と認められるわけではありません。イエス・キリストからいただく信仰によってのみ、私たちは神の御前で義と認められているのです。この教えを明確に打ち出しているのが16節であり、ガラテヤ書2章16節は重要な聖句である、と言うことができます。
 ここで私が気づかされたことがあります。それは、義と認められるとか、義と認められないとかという表現は、パウロにとって、救われる時の問題や救われた当初のことに限られません。それは救われた者の全生涯にかかわる問題として、パウロは《義と認められる》とういう言い方をしているのです。
 キリストを信じて《救われた時に義と認められた》と、そのように理解されている場合が多いのではないでしょうか。はっきりと皆さんが自覚しているかどうかは別問題でありますが。義と認められるということは、信じてキリスト者になったという、その時のことだけではなく、キリスト者として信仰生活を歩むことすべてにかかわっている問題なのです。そのことを私は、このたび改めて気づかされ、また教えられました。
 そのことに気づかされる手がかりとなったのが、19節であります。この手がかりがあるからこそ、気づかされたわけです。聖書は、前後の関係を注意して、よく読まなければなりません。読むというよりは、そこで語られている言葉をしっかり聴いて、心に刻んでゆくのです。そうするとき、新しく教えられることがたくさんあります。
 19節には「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました」と書いてあります。「神に生きるために」ということは、神の御前に義と認められて歩むキリスト者の全生涯にかかわることではありませんか。義と認められたことは、その人の「神に生きる」生活がそこから始まることを意味するのです。そのことを私は、黙想の中で深く教えられました。
「神に生きる」ということは、神の御前に義と認められたキリスト者の全生涯にかかわる問題です。信仰によって義と認められた者は、まさに「神に生きる」ことによって、
神の子にされた特権にふさわしく、神の性質にあずかり、キリストに似る者にされてまいります。そのように信仰義認は聖化の生活に通じるものであり、また、義認は聖化の始まりであると理解することが、とても大事なのです。義認と聖化との間に境界線などありません。そのようにはっきり理解し認識することが、本当に重要なのです。
信仰の告白は、それを言葉に表せばよいというだけの問題ではありません。その人の「神に生きる」生活によって裏づけられていく、ということが大事になるのです。「神は愛です」と口で言うことは難しくありません。しかし、その言葉が深い意味をもって人々に感動を与えるには、それに裏付けられた生活が伴っていなければならないのです。マザー・テレサの例を挙げることができます。彼女の「神に生きる」生涯が貧しい人々への無私の奉仕に表されているので、「神は愛です」というセージが、生きた真理として多くの人々に強く訴えているのです。「神は愛です」と言いながら、それにふさわしいことを何もしていなかったら、その人がいくら「神は愛です」と叫んでも、空(むな)しい言葉に終わるだけでしょう。
そのように、義認と聖化とは一つの流れ、一つのプロセスなのだ、と考えてよいのです。この義認と聖化の過程を通じて、私たちは「神に生きる」生涯を歩んでいます。その時に大事になってくるのが、19節に続く20節の言葉なのです。
20節にはこうこう記されています。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」その最後の「キリストが私の内に生きておられる」を、本日の説教題にさせていただきました。これは信仰告白と言ってよい内容の言葉です。この20節の言葉は、19節の言葉と対応しています。ですから、20節だけ読むのではなく、19節から20節をいつも連続して読むことが必要なのです。
20節だけを暗記している方が多くいると思います。その方に「前の19節には何と書いてありますか」と聞くと、「分かりません」という答えが返ってくることが多いのではないでしょうか。しかし、19節と合わせて20節をしっかり心に刻むことが大切なのです。「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」と、このようにしっかり覚えていただきます。
パウロは、このあと律法について3章後半で詳しく述べるのですが、今知っておいてほしいのは24節の言葉です。「こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。」ここには律法の役割として、「キリストへ導くための私たちの養育係」と言われています。これは簡単すぎるギリシア語原文(「私たちの養育係、キリストまで」)の意訳であり、これには「キリストが来られるまで私たちの養育係」という別訳も可能です。そのことは以前、私が担当した『新聖書注解』の中の「ガラテヤ書注解」で書きましたが、今も私は、この別訳のほうがよいと思っています。
「養育係」とは、当時のローマ帝国の社会で、良家の子女を親に代わって養育する務めであり、知識階級の奴隷(多くはギリシア人)がその任に当たりました。その養育係の務めは、良家の子女が成人するまでであり、成人したら養育係は要(い)らなくなります。成人するまで養育係が必要であったことと並べて考えると、《キリストが来られるまで律法は養育係であった》ということになります。律法を与えられたのは、神の民イスラエルでした。《そのように神が律法をイスラエルにお与えになったのは、やがて神がキリストを世に遣わされるまで、イスラエルの民を守り導くための養育係としてであった》という理解を、パウロが示しているのです。
この養育係という律法の見方は、非常に興味深いし、ここでしかパウロが言っていないので、よく味わってみる必要があります。キリストが来られたのですから、私たちキリスト者はもう養育係の下にはいないのです。そのことが「律法によって律法に死にました」ということの具体的内容である、と理解するとよいと思います。「律法によって律法に死にました」と言われても、禅問答みたいで、よく分からないのではありませんか。私も長いこと、この表現の真意を確かめかねていたのですが、今ようやくはっきり分からせていただきました。
律法は、キリストが来られるまでは養育係でありました。しかし、キリストが来られたし、そのキリストを私が受け入れ、そのキリストが私の内に生きておられる以上、養育係である律法はもう必要ありません。こういう事態になっているのです。それが「律法によって律法に死にました」ということが意味している内容にほかなりません。キリストが来られるまでは、「神に生きるために」律法は大事な役割を果たしていました。律法の教えによって、神の御心を学んで、神に生きることをイスラエルの民はしてきたのです。今も多くのユダヤ人やユダヤ教徒は、そのようにしているのだと思います。
しかし、イエス・キリストが来られました。そのイエス・キリストは、救い主であり、また律法の完成者でもあります。そのように信じる私たちにとっては、《このキリストが私の内に生きておられるのですから、もう私は律法の下にはおりません》と、はっきり言うことができるのです。
そこで一つ、誤解がないように、わきまえておかなければならないことがあります。では、《もう律法は私たちと全く無関係であるのか》というと、そうではありません。
パウロは、このあとも律法という言葉を使っています。5章14節で「律法の全体は、『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という一語をもって全うされるのです」と言い、6章2節で「互いに重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい」と勧めているのです。
キリストは、私たちをご自身のように愛してくださることによって、律法を全うされています。そのキリストが私の内に生きておられるのですから、私もキリストによって律法を全うしいくのです。だから、互いに重荷を負い合うことをします。《そうすることで、キリストの律法を全うしなさいよ》と、パウロが勧めてくれているのです。
 律法はキリストが来られるまで養育係でした。その役割の律法は、キリストか来られてお役御免となりました。しかし同時に、キリストは律法の目指すところを全うしてくださっています。その「キリストが私の内に生きておられる」と告白するキリスト者は、キリストにあって律法を全うしていく者であるのです。そして、律法を全うすることこそ、神に生きる生活であります。律法には神の御心が示されていますから、《神に生きる生活とは、律法を全うする生活である》と言い換えてもよいのです。
 しかし、私たちは自分の力で律法を全うすることなどてきません。そうしようと努力すればするほど、自分の弱さを感じさせられるのです。そういう私たちが律法を全うして神に生きることができるためには、どうしてもキリストのお助けを得なければなりません。キリストの信仰をいただく必要があるのです。キリストの信仰をいただくとき、キリストは私が全面的にキリストに信頼するように助け導いてくださいます。キリストに私が全面的に従うことは、私の努力でできることではありません。聖霊によるキリストの助けがあってできることなのです。
 「キリストとともに十字架につけられました」(新改訳)という言葉に一言(ひとこと)触れて終わりたいと思います。これを新共同訳は「キリストと共に十字架につけられています」と現在形にしています。どちらの訳が正しいのか。実は、両方の意味があるので、どちらも正しいのです。ここに使われているのは、完了形というギリシア語の動詞で、過去の動作や行為が現在にまで影響・結果を及ぼしていることを示します。
「私は信じました。今も信じています」というのが、「信じる」という意味のギリシア語動詞の完了形の意味なのです。《かつては信じた、しかし今は信じていない》というのでは困ります。《かつて信じた。今に至るまで信じてきたし、これからも信じていく》というのが、私たちの信じ方でしょう。それがギリシア語動詞の完了形で表現されるので、ギリシア語の新約聖書には完了形の動詞がたくさん用いられているのです。 

ですから、「私はキリストとともに十字架につけられたままでいます」と訳したらよいと思います。十字架につけられたままのキリストは、同時に活きておられる復活のキリストです。「キリストが私の内に生きておられる」という確信には、《私もそのキリストとともに十字架につけられたままでいます》という現実があります。古い自分は死んでしまい、完全に罪から解放されているのです。そのことを日ごと深く黙想することができたら、日ごと新たに喜びが湧き上がり、感謝があふれてまいります。  (2007.1.14 村瀬俊夫)

《ガラテヤ書連続説教 4》 福音の真理にまっすぐ歩むには

  アドベントを迎えましたが、月一回のガラテヤ書連続説教をさせていただきます。イエス様がこの世に来られたのは、世の人々に福音を告げるためでした。福音は神の愛です。神の愛がどれほど豊かであるか、その神の愛を人々に告げ、その神の愛に人々を招き入れるために、イエス様は来てくださいました。その神の愛は、ユダヤ人だけに限られるものではなく、ユダヤ人以外の人々(異邦人)にも与えられます。神の愛は、人種・身分・男女の差別も超えて、すべての人に豊かに及んでいるのです。
ガラテヤ書にも、そのことに関する大事な言葉があるので紹介し、共に味わいたいと思います。3章27-28節「パブテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。」 神の愛は、ユダヤ人・ギリシア人という人種の差別、奴隷・自由人という社会的身分の差別、男子・女子という性的差別を超えて、すべての人に注がれています。みんながキリストにあって、神の豊かな愛の中に招き入れられているのです。
  そのために福音は、異邦人にも宣べ伝えられなければなりませんでした。イエス様は、人種としてはユダヤ人としてこの世に来られました。救いの約束は初めにユダヤ人に示されましたが、それはその救いの祝福がユダヤ人を通してすべての国の人々に及ぶためでありました。そのことがイエス様の来臨によって明らかにされたのです。ですから、イエス・キリストの福音は、ユダヤ人だけではなく、異邦人にも宣べ伝えられていかなければなりません。その異邦人伝道が公に認められたのが、前回学んだように、エルサレム会議においてであります。
 こうして異邦人伝道は着実に進められて行くべきはずであったのに、それが実際にはなかなか難しかったのです。会議で決まったから、その決定どおりに事が運んでいくわけではありません。異邦人伝道が進展を見るためには、いろいろな試練を経なければなりませんでした。今回学ぶ箇所には、そのことを教えてくれる事件が記されています。アンテオケで生じた事件なので、聖書学者たちは《アンテオケ事件》と呼んでいます。
 この事件から教えられるのは、福音の真理にまっすぐ歩むことはなかなか大変である、ということです。そんなに難しくないことのように思いますが、実際には、そう思うようには実行できません。それは私も感じるし、皆さんも感じていることではないでしょうか。人間の弱さや人間の罪深さが、そこには介在しているのだと思います。
さて、この事件の舞台は、シリヤのアンテオケであります。このシリヤは、今日も国際的に問題となっている地域ですね。当時のアンテオケはシリヤ州に属して、人口50万を擁する屈指の大都市であり、シリヤ州の首都でもありました。現在のアンタキアはもっと小規模の都市で、シリアではなくトルコに属しています。当時のアンテオケに教会が生まれたのは、ギリシア語を話すユダヤ人たちによったのです。
当時のローマ帝国が支配する世界に共通して用いられていた言語はギリシア語であり、パレスチナ以外の諸地域に離散していた多くのユダヤ人は、ギリシア語を話しておりました。そして彼らが用いた聖書も、ヘブル語からギリシア語に翻訳された七十人訳聖書でした。エルサレム教会には、そういうギリシア語を話す離散のユダヤ人が来て加わっておりました。エルサレム教会が迫害されたとき、最初に迫害の対象となってエルサレムを追われたのは、このギリシア語を話すユダヤ人たちであったのです。
アンテオケ教会については、使徒の働き11章19節以下に記されています。「さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシア人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った」(19-21節)
このようにギリシア語を話すユダヤ人がアンテオケでは、ギリシア人にも福音を伝え始めました。そして、福音を聴いたギリシア人から多くの信者が起こされました。それでアンテオケ教会には、ギリシア人の信者もたくさんいたのです。そのギリシア人の信者はユダヤ人の信者と一緒に礼拝をささげ、交わりをしておりました。このアンテオケ教会の設立に大きな貢献をしたのがバルナバです。このバルナバが、アンテオケ教会の成長につれ、必要な助け手としてパウロをタルソからアンテオケに呼び寄せました。こうしてバルナバとパウロは協力して、アンテオケ教会の活動を盛り上げてきたのです。
その後、エルサレム会議が開かれて、異邦人伝道が公に認められたわけですが、それでもアンテオケでこのような事件が起こったということは、難しい問題がたくさんあるのだ、ということを改めて教えてくれます。このアンテオケ事件は、ケパ(ペテロ)がアンテオケに来ていたとき、「彼(ペテロ)に非難すべきことがあったので」パウロが面と向かって抗議する(11節)、という形で起こりました。パウロが大先輩のペテロに対して面と向かって抗議をしたというのは、それだけでも、大変な事件です。
パウロがなぜそのような行動に出たのか、その理由が書いてあります。「なぜなら、彼(ペテロ)は、ある人々がヤコブのところから来る前は異邦人といっしょに食事をしていたのに、その人々が来ると、割礼派の人々を恐れて、だんだんと異邦人から身を引き、離れて行ったからです。そして、ほかのユダヤ人たちも、彼といっしょに本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました」(12-13節)
ここに「ある人々」とあるのは、名前は分かりませんが、エルサレム教会の最高指導者であるヤコブのところから遣わされていました。ヤコブはイエス様の肉による弟であると言われ、また「義人ヤコブ」とも言われるくらい律法を守ることに熱心な人でした。ですから、ヤコブの指導下にあるエルサレム教会は、律法を守ることに熱心であって、そのためユダヤ教当局による直接の迫害も免れていたのです。そのヤコブのところからアンテオケ教会に来た人々は、もちろん、律法を守ることに熱心な人々でありました。
その人々が来るまで、アンテオケに来ていたペテロは、[キリストにあってはユダヤ人も異邦人もないという考えから]異邦人と一緒に食事をしていました。ところが、その人々がアンテオケに来ると、その人々に遠慮をし、また気を配ったからだと思いますが、ペテロは異邦人と一緒に食事をすることをやめてしまったのです。パウロを驚かせたのは、ペテロだけではなく、バルナバまでもが、ペテロにならって異邦人と食事をすることをやめてしまったことであります。
このことについて、なぜパウロは抗議しなければならなかったのか。なぜ彼は抗議せずにはおれない思いにされたのか。その理由を知ることが、本当に重要であると思います。ユダヤ人が異邦人と一緒に食事することをやめるなら、その行動は、神の恵みがユダヤ人・異邦人という差別を越えて分け隔てなく豊かに与えられるという福音の真理を否定することになるからです。
ヤコブに指導されたエルサレム教会の中には、キリスト者といえども律法を守り、割礼を受ける必要があると主張する人々がおりました。それが「割礼派の人々」と呼ばれています。彼らは、異邦人のキリスト者に、《イエス様を信じるだけでは足りない。さらに律法を守り割礼も受けなければならない。要するに、ユダヤ人のようになりなさい》と言うのです。その言い分がまかり通れば、ユダヤ人にもギリシア人にも差別なく神の愛が注がれるという福音の真理は、根本的に否定されてしまいます。それでパウロは、割礼派の人々におもねるような行為を見せるペトロ(ケパ)に対し、勇敢にも面と向かって抗議をしたのです。
そのことが、14節に書いてあります。「しかし、彼ら(この彼らはケパとバルナバのことを指していると思われる)が福音の真理についてまっすぐに歩んでいないのを見て、……」「福音の真理について」は、欄外脚注に示されている別訳のように、「福音の真理に向かって」と読んで、「まっすぐに歩んでいない」に続けるほうがよいと思います。「向かって」と言うのは面倒くさいので省いて、「福音の真理にまっすぐ歩んでいない」としても、よいのではないでしょうか。
ケパたちが「福音の真理にまっすぐ歩んでいないのを見て、」パウロは「みなの面前でケパに」抗議をせざるを得なかったのです。
福音の真理に[向かって]まっすぐ歩んでいないということは、具体的には、《キリストによって示された神の愛は、人種的・社会身分的・性的な差別を超えて、分け隔てなく豊かに与えられている》という真理を損なうことに他なりません。
パウロがケパに向かって抗議した言葉は、14節後半に書いてあります。「[ペテロさん、]あなたは自分がユダヤ人でありながらユダヤ人のようには生活せず、異邦人のように生活していたのに、どうして異邦人に対して、ユダヤ人の生活を強いるのですか。」これは次にように言い換えると、もっと分かりやすくなるでしょう。「あなたは福音の恵みを深く味わい、それにふさわしい歩みをしていたのに、どうしてそれを捨てるようなことをするのですか。」
使徒の働きの記述を、もう一度、参照させていただきます。その10章には、ペテロが異邦人のところへ伝道に行った場面が紹介されています。なんとペテロは、パウロより先に、異邦人伝道をやっているのです。ローマ軍の百人隊長コルネリオのとろに導かれて、ペテロは福音を語りました。その結果、コルネリオを初め、彼の部下の兵士や家族である異邦人たちがみなイエス・キリストへの信仰に導かれました。その時の様子が書いてあるのです。
「そこでペテロは、口を開いてこう言った」で始まる34節以下のペテロの言葉を読んでみます。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。神はイエス・キリストによって、平和を福音し、イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。このイエス・キリストはすべての人の主です。……イエスについては、預言者たちもみな、この方を信じる者は[ユダヤ人であると異邦であると関係なく]だれでも、その名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています」(34-43節)
ペテロは、「神はかたよったことをなさらないお方だと、はっきりわかりました」と言っているのです。それなのに、どうして彼は、ヤコブのところから遣わされた人々がアンテオケ教会に来たとき、それまでしていた異邦人キリスト者と食事を共にすることをやめてしまったのか。それは、せっかく神からいただいた恵みを捨て去ること、福音の真理にまっすぐ歩むのをやめてしまうことではないか。このようにパウロは、みなの面前でケパに抗議をしたのです。
今回は、ここまでにしておきます。続く15節以下を、新改訳聖書は、パウロがケパに抗議している言葉が続いているものと理解して、カギ括弧を14節で閉じることをしないで、21節で閉じています。これには異論があります。私は、パウロがケパに向かって言った言葉は14節だけで、15節以下は、パウロ自身の解説と理解したほうがよい、と考えています。それで今回の説教も11節から14節までと致しました。
それに続いて、パウロは、《人はイエス・キリストの信仰によって義と認められるのです。それには何の差別もありません》という信仰義認の教理を展開してまいります。福音の真理は、最初に言いましたように、満ちあふれる「神の愛」です。「キリストの愛」と言ってもよいでしょう。それはすべての人に分け隔てなく及んでいます。そこには何の差別もありません。この福音の真理に私たちが生かされて、この真理にまっすぐ歩んでいくためには、いつもイエス・キリストとの豊かな、生きた交わりを保たせていただかなければなりません。
 ペテロがそれまでしていた異邦人と食事を共にすることをやめたのは、ヤコブのもとから遣わされた人々のことを配慮したからです。私たちが実際に生活していくとき、配慮しなければならないことがたくさんあります。そういうことに配慮しすぎて、福音の真理にまっすぐ歩むことをないがしろにしてしまう、ということが起こります。福音の真理にまっすぐ歩みたいだのけれど、実際にはそうすることができない、というジレンマに直面することもあるでしょう。
 13節に「本心を偽った行動」とあるのは、「偽善」と訳せる言葉であります。本当はそうしたくないのだけれど、やむを得ずそうしなければならない。そういうことが、多くあると思います。でも、そういうことには、よくよく注意せよ。福音の真理を豊かにいただき、福音の真理にまっすぐ歩むようにしなさい。そうするこがどんなに大事であるかを、パウロが教えてくれているのです。
 クリスマス、それは神の豊かな愛が私たちに示されている時であります。この愛の中にだれもが差別なく包まれていく、そのような恵みにみんながあずかってほしい。この世の中には、差別しようとする力が強く働いています。そのような力を押しのけて、そのような力に私たちが押しのけられないで、《神の豊かな愛がすべての人に及んでいる》という証しを、しっかり立てていきたい。

そのために、福音の真理にまっすぐ歩みましょう。そのようにパウロが、私たちに勧めてくれています。このさい私たちも、活けるイエス様との交わりを大切にし、日ごと新たにイエス様の愛をいっぱい受けてまいりましょう。イエス様に愛されていることを身にしみて感じるとき、「本心を偽った行動」をすることからも救い出されて、おのずから福音の真理にまっすぐ歩むことができるようにされていくのです。   (2006.12.3 村瀬俊夫)

《ガラテヤ書連続説教 3》 異邦人への福音伝道が認められた

  ガラテヤ書連続説教の第3回目ですが、朗読した箇所から「異邦人への福音伝道が認められた」と題して話します。エバンジェリズム(evangelism)は「伝道」と訳されているのですが、この英語は「福音」を意味するギリシア語エウアンゲリオン(euangelion)に由来するので、私は「福音伝道」と訳すべきだと思っています。
現在、私も監修者の一人として関わる形で、いのちのことば社から2008年8月に刊行していただく予定の『リフォームド神学用語辞典』の翻訳作業が始まっています。そのため改革派教会と長老教会から40代を中心とした10人の翻訳者が選ばれ、近く翻訳者の打合せ会が開かれます。そのため180くらいある用語の訳語をあらかじめ決める作業を済ましており、用語の一つのevangelismについては[私の提案が容れられて]訳語を「福音伝道」とすることが決まっています。
  パウロは異邦人に福音を伝えました。この異邦人への福音伝道が認められたということは、大変な出来事だったのです。今の私たちから見れば、当たり前のことでしょうが、その当たり前のことがそうなるためには、想像を絶する産みの苦しみがありました。そのために神に用いられた人(いわば立役者)がパウロであった、と言ってよいでしょう。
 キリスト教はユダヤ教の中から生まれました。ユダヤ教はキリスト教の母体であり、ユダヤ教の背後に旧約聖書があります。そのユダヤ教はユダヤ人中心主義です。神に選ばれた民族はユダヤ民族で、それをイスラエル民族とも言います。神の約束はイスラエル民族に与えられた。契約の民、それはイスラエルである。今日のユダヤ教徒も、特に保守的なユダヤ教徒は、その考えを強く持っているのではないでしょうか。パウロの時代のユダヤ教徒は、その考え方に凝り固まっていたと言ってよいでしょう。ですから、イエス・キリストの福音が異邦人にも伝えられていくとなれば、それは大変なことでした。
しかし、翻(ひるがえ)って旧約聖書をよく見てまいりますと、神がイスラエルに与えてくださった約束は異邦人にも光を及ぼしていくものだ、という予告や預言があるのです。旧約聖書の至る所に書いてあるわけではありません。よく読んでいくと、預言者の書や詩篇の中に、特にイザヤ書40章以下に、それを見ることができます。イスラエル民族は異邦人に対して光となるべきだ、とするイスラエル民族の使命に言及している箇所もあるのです(イザヤ42:6;ルカ2:31参照)
そういう流れで見るなら、イエス・キリストの福音はユダヤ民族やイスラエルの壁を越えて、広く全世界へと伝えられていかなければなりません。ですから、神はそのことを歴史の中で必ずなさるのです。そのために人を起こしてお用いになる。そのようにして用いられた人がパウロなのです。
前回、パウロの回心と召命について学びました。ダマスコの近くで天からの光に打たれて地に倒れ、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」(使徒9:4)という声を聞いたサウロは、復活のキリストに出会わされたのです。そのとき彼は、これまで迫害してきたキリスト者と教会の中に《復活のキリストが共におられたのだ》という事実を深く悟らされたに違いありません。そのとき彼が聴いたキリストの御声は、彼をとがめる声ではなく、彼の大きな過ちを赦そうとしている、いや赦してくださる愛に満ちた御声でした。それで彼の心は百八十度転回し、キリストに従う道へと導かれるようになったのです。
それだけではありません。今自分が聴いて体験した罪の赦しの福音を、多くの人々に伝えていきたい、そしてユダヤ人が異邦人の光となるという使命に応えていきたい、と強く願うようになりました。「キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によって」(1:2)異邦人への使徒として召された、という揺るぎない確信を与えられていたパウロは(1:15-16)、もうすでに異邦人への福音伝道を開始していたのです(1:17.21参照)
 それで彼は、すぐにエルサレムへ行くことはしませんでした。初めてエルサレムに上ったのは回心から三年後でした(1:18)。彼はエルサレム教会との関係を保つことの重要性を知っておりました。そこは福音伝道の発祥地であります。イエス・キリストの福音は、エルサレムから全世界へ宣べ伝えられていくのです(ルカ24:47;使徒1:8参照)。彼は最初の訪問でエルサレムに十五日間滞在し、エルサレム教会の代表者であるヤコブ、使徒たちの代表者であるケパ(ペテロ)と会っています(1:18-19)。その時は、福音における一致を確認したのではないかと思います。
 彼が再びエルサレムを訪れたのは、「それから十四年たって」のことであり、それが今回の学びの箇所になります。その十四年間に、パウロはバルナバと協力して異邦人への福音伝道を進め、成果も上げておりました。バルナバはパウロにとって先輩であり、彼を導き、弁護し、引き上げてくれた恩人でもあります。そのバルナバと共に、もう一人、異邦人伝道の成果としてキリスト者となった異邦人テトスを連れて、パウロは「再びエルサレムに上りました」(1)。そのエルサレム上りは、何のためだったのでしょうか。
 パウロは、このガラテヤ書において、《イエス・キリストの福音による救いには、ユダヤ人も異邦人もない》、《ユダヤ人も異邦人も等しく、キリストへの信頼のみで救われる》と確信して、信仰義認の教えを展開しています。もう少し先の2章後半(15節以下)で、そのことを学びます。《イエス・キリストの信仰によって人は義と認められるのだ》、《イエス・キリストへの信頼のみで私たちは救われるのだ》という教えを、パウロはガラテヤ書で唱えていますが、それは彼自身が異邦人への福音伝道を進める中で主張してきたことなのです。
 その主張が、ユダヤ人として律法遵守を重んじているエルサレム教会で認められるだろうか。このことが、パウロにとっての大きな心配事であったのです。パウロは、異邦人への福音伝道が着々と成果を上げていく中で、エルサレム教会との関係をしっかり保ち、きちんとしたものにしなければならない、ということを教示されていたに違いありません。そうしないと、エルサレム教会と全く関係のない別の教会、いわばパウロ教会のようなものができてしまいます。そうすれば、キリストの福音を信じる者たちの分裂という事態になるのです。
 キリストの福音にあっては、ユダヤ人も異邦人もない。ユダヤ人中心の教会があってもよい。異邦人中心の教会があってもよい。ユダヤ人と異邦人が混じり合った教会があってもよい。でも、どの教会も福音においては一つである。このことが何よりも大事なことであります。そのことをしっかり確認し、そのうえで今後の福音伝道を異邦人の間で進めていくようにしなければなりません。そのためにも、エルサレム教会との関係をきちんとし、エルサレム教会の承認を得ておくことが必要不可欠である、とパウロは考えたのです。《そうしておかないと将来は大変なことになる》という危機感すら覚えていたに違いありません。それで最初の訪問から十四年を経た紀元48年頃、再びエルサレムに上って行ったのです。
 このエルサレム上りは、エルサレムで重要な会議か開かれたためである、と考えられています。今回学んでいるガラテヤ書2章1節から10節までには、会議が開かれたとは書いてありません。でも、ここに書いてあることは、間違いなく、会議が開かれていた場面においてのことなのです。それは、使徒の働き15章に記されている出来事と相応している、と考えていただいてよいと思います。使徒の働き15章には、エルサレム会議のことが、もっと詳しく書いてあります。
 しかし、詳細な点では、使徒の働き15章とガラテヤ書2章との間に違いがあります。それでガラテヤ書2章のエルサレム上りは、エルサレム会議への出席ではなかった、という説も立てられています。それでも私は、いろいろな点を総合して考えると、《このエルサレム上りはエルサレム会議のためであった》と考えてよろしいのではないか、と思っております。
 会議がエルサレムで開かれることになりました。それは《異邦人への福音伝道が認められるのか否か》を決するための会議であったのです。ですから、《これは本当に重要な会議であった》ということが、よく分かりますね。パウロがこれまで主張してきたこと、行ってきたことが、エルサレム教会で認めてもらえるのかどうか。福音はユダヤ人にもギリシア人(異邦人)にも、なんらの区別や差別もなく、《だれでも、ただイエス・キリストを信じることによって義と認められる》という形で提供されているという《信仰義認論》をパウロは唱えてきました。それがエルサレム教会で認めてもらえるのかどうか。そして、異邦人への福音伝道をエルサレム教会が公に認めてくれるのかどうか。この決定的に重要なテーマに判断が下される会議―それがエルサレム会議であったのです。
 ところで、パウロがテトスを連れて行ったことは、使徒の働き15章には書いてありません。テトスは、パウロを助けた働き人として、彼が「テトスへの手紙」を書いたとされるくらい重要な人物です。パウロの手紙には、テモテと共にテトスがよく登場します。コリント教会の問題の解決に当たらせるために、パウロが代理に遣わしたのがテトスでした(コリントⅡ7:6参照)。テトスはパウロの信頼の厚い弟子であったのです。そのテトスのことが使徒の働きに全然出てこないのは、どうしてでしょうか。これは一つの謎ですね。
 パウロがバルナバの他にテトスを連れて行ったということには、大事な意味があります。もしもテトスが、エルサレム教会で《お前は割礼を受けなければ一人前のキリスト者ではない》と言われたなら、パウロの主張や立場はなくなります。そう言われないで済むかどうか。そう言われずに、テトスが割礼を受けないままでキリスト者として受け入れられるだろうか。無割礼のテトスをエルサレム教会が兄弟として迎え入れてくれるだろうか。このことは、エルサレム教会が《異邦人への福音伝道を公認するのか否か》のテストケースであったのです。
 さて、そのテトスのことについて、パウロはこう書いています。「しかし、私といっしょにいたテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を強いられませんでした」(3)。これはパウロにとって、本当にうれしいことでした。テトスは無割礼のギリシア人のままでキリスト者として迎えられたのです。もう何も言うことはありません。続いて記されていることは、異邦人のままテトスがエルサレム教会の交わりに入れられたことの成果を形に表していったものにすぎない、と見てよいのではないでしょうか。
 6節以下に飛びましょう。エルサレム教会の「おもだった者と見られていた人たち」(6)とは、「柱として重んじられているヤコブとケパ(ペテロ)とヨハネ」(9)のことです。ヤコブは、イエス様の肉による弟さんで、イエスの母マリアと夫ヨセフとの間に生まれた子です。このヤコブがエルサレム教会の重鎮になっていました。伝承によると、彼は律法を守ることに熱心で、義人ヤコブと呼ばれていました。このヤコブがエルサレム教会の代表者であり、それに使徒たちの代表者であるペテロとヨハネを加えたエルサレム教会の重鎮たちは、パウロの主張や立場に対して、「何もつけ加えることをしませんでした。」
使徒の働き15章を見ると、少しばかりつけ加えられた「ただ、偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるように」という回避事項の教令があります(20節)。パウロの場合、他のすべての手紙を見ても、そのような回避事項の教令への言及が全くありません。この点での食い違いを、どう見るべきでしょうか。たといそのような教令があったとしても、パウロにとっては取るに足りないものとしか思われず、あえて無視したのではないでしょうか。
 エルサレム教会の重鎮たちが、パウロの主張や立場に何もつけ加えなかったのは、「ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私(パウロ)が割礼を受けない者への福音をゆだねられていることを理解してくれた」からであります(7)。そこでパウロは、「ペテロにみわざをなして、割礼を受けた者への使徒となさった方は、私にもみわざをなして、異邦人への使徒としてくださったのです」と(8)、エルサレム会議において、自分が異邦人への使徒として公認された喜びを表現しているのです。
その喜びの表現は、9節にも続きます。「私に与えられたこの恵みを認め、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し伸べました。それは、私たちが異邦人のところへ行き、彼らが割礼を受けた人々のところへ行くためです。」 このようにエルサレム教会の重鎮三名とパウロ及びバルナバとが交わりのしるしとしての握手をしたことは、本当に劇的な、そして歴史的な出来事であったのだ、と私は思います。
それは、異邦人への福音伝道がエルサレム教会において公に認められた、まさに歴史的瞬間でありました。こうして、キリストの福音が全世界に宣べ伝えられていく、確固たる基礎がここに据えられたのです。このように断言することができ、また理解することができると思います。
 そして最後に、2節にさかのぼって注目したいことがあります。パウロが再度のエルサレム上りについて、「それは啓示によって上ったのです」と言っているのは、何を意味しているのでしょうか。「啓示によって」という一句は、この場合、《イエス・キリストご自身の指示を受けて》という意味に理解するのがよいでしょう。
 ここでパウロは、エルサレム会議が招集されるに際し、その議員として指名(あるいは登録)されてエルサレムに上っているのではありませんか。私も近く開かれる第14回日本長老教会大会に議員として招集され、議員登録をしましたから出席しようとしています。それなのに「私は啓示によって出席します」なんて言うと、少し変に思われないでしょうか。それなのに、ここでパウロが、あえて「啓示によって上ったのです」と言う理由は、何だったのでしょうか。

 私はこう思います。パウロは彼の内に生きておられるキリストの導きを確信して、エルサレムに上ったのです。《活ける復活の主キリストが私を導いておられるのだ》という確信を、彼は「啓示によって」と表現したのではないでしょうか。それは私たちの歩みにも当てはまる大事なことであると思います。いつも、《私と共におられる活けるイエス様が導いてくださっている》という確信をもって行動したいものです。  (2006.11.12 村瀬俊夫)

《ガラテヤ書連続説教 2》 使徒パウロの回心と召命  ガラテヤ1:11~24

 私たちはパウロのことを「使徒パウロ」と呼んでいます。この「使徒」と呼ばれる人々は、初代教会においては、イエス様から特別な権威をゆだねられて、福音宣教において重要な任務を果たしました。使徒が伝えた福音こそ本当の福音であるとされ、「使徒的福音」という言い方もされたくらいです。
では、パウロは、いつ、どのように、使徒として召されたのか。彼には、16節に「異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために」と書いているように、異邦人に福音する使徒として遣わされている、という強い自覚がありました。それは、彼が《異邦人への使徒》として召されたということです。一つはっきりしているのは、そのような召命を受けた前と後とで、彼の生活ぶり、その他すべてのことが全く違っていた、ということであります。召命の出来事を境にして、彼の生涯に劇的な変化が起こったのです。
その劇的な変化を引き起こしたのは、回心の出来事にほかなりません。それで今回は、「使徒パウロの回心と召命」という説教題にしました。回心という劇的変化があって、彼が使徒として召される前後で大きな違いが生じることになったのです。
それから《彼がどのようにして召されたか》ということですが、それは前回学びました。この手紙の冒頭で、「私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもない」ときっきり言っております。彼は人間から任命されたのでもなく、人間的組織で任職されたのでもありません。私を使徒としてくださったのは、キリストであり、キリストを死者の中からよみがえらせてくださった父なる神である。このようにパウロは明言しています。そのことが11~12節に繰り返し述べられているのです。
12節の終わりに、「イエス・キリストの啓示によって受けたのです」とある言葉は、①パウロがイエス・キリストを直接示されたということ、②復活のキリストが彼に現れ、その復活のキリストから任命を受けたこと、その両様の意味があると思います。
彼が異邦人への使徒として召される前まで、彼は熱心なユダヤ教徒でした。そのことについて13~14節が述べています。「以前ユダヤ教徒であったころの私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました」(13節)。このことは、すでに多くの人々に知られていることでした。「また私は、自分と同族[のユダヤ人]で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教[の教えと実践]に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした」(14節)
ユダヤ教には、旧約聖書に加えて多くの伝承がありました。その中に、安息日を聖なる日として守るためにしなければならない細々とした取り決めも記されているのです。そのような伝承を守り行うことにおいて、彼は人一倍熱心でした。そのように彼は、模範的な生粋のユダヤ教徒であったのです。このように彼が自分の過去のことを書いているのは、《よほどのこと[まさに劇的なこと]がなければ、こういう自分が異邦人への福音の使徒なることなんてありえなかったのだ》と言いたかったからだと思います。
ここはパウロが自分自身について言及している箇所で、いわば自伝的記録として知られています。私も以前は、そういう言い方をそれほど不思議に思わず、それでいいのだと思っていました。でも、そういう意味で彼が自分自身について語っているのでない、ということはお分かりいただけますね。
 15~17節に「けれども、生まれたときから私を選び分け,恵みをもって召してくださった方が、異邦人の間に御子を啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました」と書いてあります。この文章の主文は、16節後半以下の「私はすぐに、人には相談せず、……」なのです。パウロが自分の回心と召命に言及しているのは、その前の箇所、すなわち副文章の中においてであります。
 「生まれたときから」と訳した原語は、「母の胎[にあったとき]から」と直訳したほうが良いと思います。母の胎に宿っていて生まれ出る前から、神はパウロを選び分け、恵みをもって異邦人への使徒として召してくださったのだ、と言っているのです。「異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるため」は、「異邦人の間に福音させるため」と訳すべきだと思います。このギリシア語の動詞は「福音」を意味する名詞を動詞化したもので、「福音する」という意味だからです。それを「宣べ伝える」と訳すのでは物足りません。
 この副文章を私が満足するように私訳してみると、「母の胎内にいたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方がよしととされるままに、異邦人の間に御子を福音させるため、御子を私のうちに啓示してくださったとき、私は……」となります。
大事なことは、「御子を私のうちに啓示してくださった」「イエス・キリストが私のうちにはっきり示された」ということです。そのイエス・キリストのことを、ここで「御子」と呼んでいます。冒頭の1節で「イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神」と書いていますが、神はキリストの「父なる神」で、キリストはその「御子」であられます。その御子がパウロにはっきり示されました。しかし、その場所は明記されていません。そういう記録の不備からも、パウロが自伝的記録を意図していなかったことが明らかだと思います。
 パウロに御子が啓示されたときの情景を述べているのは、使徒の働き(使徒言行録)9章です。彼はダマスコにいるキリスト者たちに迫害の手を伸ばそうとダマスコに近づいていました。そのとき彼は突然、天からの光に打たれて地に倒れました。その光の中に復活のキリストがおられたのです。このことは、使徒の働きの22章にも26章にも、パウロの口を通して語られています。9章の語り手は使徒の働きの著者(伝統的にはルカ)です。それなのに、パウロ自身の手紙には、この劇的な情景は何も語られておりません。
 パウロにとって、《回心の出来事がどんなに劇的なものであったか》ということは、それほど重要なことではなかったのでしょう。彼にとって大事なことは、ここに書いてあることなのです。「母の胎内にいたときから、私は神の恵みによって選び分けられていたのだ。」これと同じ思いを抱いた人たちが、旧約の預言者たちの中におりました。サムソンは預言者からはみ出しそうな人物ですが、預言者に入れてもよいでしょう。彼もその一人です(士師13:3)。そして預言者エレミヤ(1:5)、イザヤ書の中の主のしもべ(49:1)がいます。パウロは《自らの劇的な回心の体験は預言者たちの召命のときの体験に相当するもの》と捉えていたに違いありません。
 私も、1991年2月15日の朝、《イエス様に自分の足を洗っていただいた》という劇的な経験をしました。しかし、そういう劇的な経験そのものが大事なのではなく、それが意味していることが大事なのです。イエス様が私を無条件に赦してくだり、福音の証し人として立ててくださっています。そのことが大事なのです。このことによって、私は福音の真髄をこの体で把握させていただき、《まさに福音の免許皆伝を与えられたのだ》という思いでおります。
 パウロの回心による召命体験は、異邦人の間に御子を福音する使命に通じるものでした。彼は、異邦人には《神を御子キリストの父として知ってもらいたい》と願ったのではないでしょうか。異邦人に神を知らせるときは、イエス・キリストの父なる神として知らせなければならない。そのようにパウロは示されたのではないでしょうか。その父は慈愛の父であり、御子キリストを賜った愛の父であります。その御子の福音は、私たちの罪を無条件に赦し、私たちに永遠のいのちを与え、私たちを神の子としてくださいます。御子の福音によって、私たちも神を「父」とお呼びすることができるようにされるのです。
 すでにお分かりいただけたように、パウロにとっては、劇的な回心の出来事が、同時に、異邦人への使徒としての召命に直結しています。私たちの場合は、そうはいかないと思います。私は19歳のときイエス様を信じ、20歳で洗礼を受けました。しかし、伝道者として召されたという思いになったのは、すなわち、伝道者として献身するよう召命感を受けたのは、その翌年の21歳のときでした。このように、回心と召命とは、時間的にずれるのが普通であると思います。
 しかし、パウロの場合、回心と召命は結びついていました。これは独自なことであると言わなければなりません。そのことで私が思ったことを、『週報』第3面の囲み欄に書いておきました。読んでみます。「パウロの場合、回心と使徒職への召命が同時であったことには、特殊な事情があったことが考えられる。ユダヤ教の伝承に人一倍熱心であろうとして、彼はキリスト者と教会を迫害したが、死も恐れないキリスト者たちの信仰を見て、ひそかに畏敬の念を抱いていたのではないだろうか。その念は、ステパノの殉教に立ち会ったとき、すでに彼の内心のうちに深く印象づけられていたのではないかと思われる(使徒7:57~8:1)」と。
 パウロがダマスコ途上で復活のキリストに出会わされたとき、彼は「サウロ(これはパウロのヘブル名)、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞きました(使徒9:4)。それは彼を叱責する口調ではなく、彼を無条件に赦そうとする愛に満ちた口調であったに違いありません。そのイエス様の御声に触れたとき、彼の心の奥深いところで、迫害しつつも迫害される対象に抱いていた畏敬の念が俄然よみがえり、突然とも思われる劇的な御子の福音への回心となって、それが異邦人へ御子を福音する使徒職への召命に直結したのではないでしょうか。このように考察するとき、まさに神の恵みの介入によって、回心と召命とが結びつく事態が起こりえたのだ、と言うことができるでしょう。
 それからパウロは、劇的な回心を経験して異邦人への福音宣教の使徒としての召命を受けた後、どのような行動をしたかを述べています。それが16節後半からの主文章であります。そして当然のことながら、主文章で述べていることが、彼にとっては大事なことなのです。15節から16節前半までは副文章であって、その副文章は主文章で述べることのために記されているのだ、ということを忘れてはなりません。副文章で大事なことが言われているなら、もっと大事なことが主文章で言われているのです。
 この主文章で、パウロは「私はすぐに、人には相談せず、……」と言っています。すぐに人には相談しておりません。誰にも相談せず、人の意見を聞いたり、指示を受けるようなことはしておりません。17節では、「先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上りませんでした」と言っています。先輩の使徒たちがいる原始教会がエルサレムにあるのです。 [人間的に考えれば]そこへ彼はすぐにも行って、先輩の使徒たちに敬意を表し、いろいろ報告しなければならないのに、彼はそうしませんでした。
 そうしないでパウロはアラビヤに出て行きました。アラビヤと言っても、砂漠地帯ではなく、アラビヤ地方の一地域にあるナバテヤ王国へ行ったのです。そして、またダマスコに戻ってまいりました。書いてあるのはこれだけです。アラビヤのナバテヤ王国には、何のために行ったのでしょうか。
 二つのケースが考えられます。一つは、瞑想あるいは黙想の時を過ごすためです。自分が経験した劇的な回心。復活のキリストが私のうちに示された。神の御子が私に啓示された。そのとき彼は罪の赦しの福音を全身で受けとめさせられたと思います。教会を迫害しキリストご自身を迫害した途方もない罪を無条件に赦されました。そのことを彼は体験したのです。その福音の恵みを黙想し瞑想する時を過ごしたことが考えられます。
 別のケースを考えましょう。パウロの場合、回心と召命が直結し、回心と同時に異邦人への福音宣教の使徒として召されたのですから、彼はナバテヤ王国へ行って異邦人に福音を宣教したのではないでしょうか。ここの「出て行く」という用語は、《福音宣教のために出て行く》という意味で使われている可能性が大きいと思います。23節に「私はシリヤおよびキリキヤの地方に行きました」とあるのは、遊びや休息のためでなく、明らかに御子を福音するために行ったのです。
「それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました」(18節)。いつまでもエルサレムに報告しないでいるわけにはいきません。でも、エルサレムに上ったのは「三年後」でした。しかも「十五日間滞在した」だけでした。そのときパウロが会ったのは、ケパ(ペテロ)と主の兄弟ヤコブだけで、「ほかの使徒にはだれにも会いませんでした」(19節)
このように書いているのは、彼が使徒となったのは先輩の使徒たちから任命されたり、公認されたりしたからではないことを明らかにするためです。先輩の使徒たちを代表するペテロと、エルサレム教会を代表するヤコブとに会ったのは、これまで彼が御子を福音してきた福音が先輩の使徒たちの福音と同じものであることを確認し、ユダヤ人と異邦人との教会の福音における一致と交わりを実現するためであったと思われます。
 それからパウロは「シリヤおよびキリキヤの地方に行き」(21節)、御子を福音しました。「しかし、キリストにあるユダヤの諸教会には顔を知られていませんでした」(22節)。彼がユダヤの諸教会には福音宣教をしなかったのは、そこには異邦人があまりいなかったからでしょう。それに回心前の迫害者サウロのイメージが、ユダヤの諸教会には強く残っていたと思われます。そのユダヤの諸教会の人々も、パウロが劇的な回心を経験し、以前迫害していた信仰を「今は宣べ伝えている」と聞いて(23節)、彼のことで「神をあがめていました」(24節)。このように書いているのは、パウロの使徒としての働きが承認されていたことの証しであるからです。

 結びとして、各自、自分がキリスト者になった時のことを思い起こしてください。その後の信仰生活の中で、劇的な変化を経験することがあったかもしれません。そのすべてが神の恵みによるのだ、ということを心に刻んでください。教会の制度の中で洗礼を受けてキリスト者となる、という形をとります。それは大事なことです。しかし、それを越えて《すべては神の恵みであったのだ》と確信することは、別の次元でもっと大事なことであると思います。私は神の恵みによってキリスト者とされ、母の胎にいたときから選び分けられていたのだと確信できたら、どんなにすばらしいことでしょう。  (2006.10.1 村瀬俊夫)

《ガラテヤ書連続説教 1》 キリストをよみがえらせた神の福音

  今回から「ガラテヤ人への手紙」(これから呼びやすいので「ガラテヤ書」と言います)の連続説教を始めてまいります。ヘブル書の連続説教が終わりましたので、ガラテヤ書を取り上げます。実は、10年ほど前に、1996年1月から8月の初めにかけて、ガラテヤ書の連続説教をしているのです。一昔前のことですから、聴いてくださった方もおられるでしょうが、ほとんど記憶に残っていないのではないでしょうか。
私は、説教をした当人ですから、ある程度の記憶があります。しかし、10年という歳月は無駄に経過したのではなく、その間に私の理解や洞察も深められてまいりました。10年前の連続説教では見落としていた、あるいは気づかなかったなあ、と思われることが幾つか思い浮かびます。それでガラテヤ書の連続説教を新たにしてみたい、という思いに強く駆られたのです。これは聖霊にお導きによるものと、私は信じております。
このガラテヤ書というのは、著者のパウロが渾身(こんしん)の力をこめて書いたものです。何のためにか。福音の真理を明らかにするためです。その背後には、誤った教えとの激しい戦いがありました。その苦闘の中で福音の真理を鮮明にする必要から、彼がまさに渾身の力を込めて書き上げた記念碑的な文書が、このガラテヤ書であります。
この文書は、私たちプロテスタント教会にとって、宗教改革との関係で深いつながりと愛着があります。宗教改革運動を推進したマルティン・ルターにとって、カラテヤ書が原動力でありました。ルターのガラテヤ書の研究、それに基づく解釈は有名なものです。それはかなり大部の著作として遺されています。そこに示されている解釈が、プロテスタントでは一つの伝統となってきました。私が10年前に説教した時は、その伝統にかなり忠実に従っていたように思うのです。
カラテヤ書につきましては、『新聖書注解』の中で、私は注解を担当しています。40歳代の前半に書いたものです。いのちのことば社から出ている全3巻の『新聖書注解』の第2巻の中に収められています。私は編集委員の一人であったので、総論の「パウロの生涯と思想」も執筆しております。今それを読んでみると、それなりによく書けているなと感じるのは、自分で言うのは恥ずかしいのですが、やはり私が渾身の力をこめて書き上げたものであるからだと思います。皆様にも読んでいただいて、私の言ったことがそれほど間違ってはいない、という感触を抱いてくださればうれしいのですが。それにしても、それは伝統的な考え方に従って注解したものであります。
しかし、ガラテヤ書の研究は、ここ十年間非常に進歩しました。その新しい研究成果というものも十分参考にして、改めてガラテヤ書を学び直していきたい。そして、福音に生きる私たちの生活を確立していきたい、と願っているのです。そうすることが私たちの喜びともなり、また教会の祝福ともなると信じるからであります。
先に述べたような背景がありますので、ガラテヤ書は論争的な性格の強い文書です。今回学ぶ冒頭の箇所を見ると、なるほどそうだと思わされるのではないでしょうか。手紙として一応の挨拶は書いています。「パウロから、ガラテヤの諸教会へ」という言葉があって、「どうか、私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように」と、型どおりと言えるかもしれませんが、挨拶の言葉が書かれているのです。その後に、たいてい感謝の言葉や感謝に付随する祈りの言葉の続く場合が多いのですが、ガラテヤ書にはそれが全くありません。このことも、本書の論争的性格をうかがわせる一端ではないかと思います。
また最初の書き出しも、パウロが異常なくらい使徒であることと、その権威を強調しております。使徒である権威を強調するまでもないほど親密な関係にある教会へ送った手紙では、パウロは「使徒」と名乗っておりません。ピリピ書がその例ですね。その書き出しで、彼は「キリスト・イエスのしもべであるパウロ」と言っているだけです。
 しかし、まだ自分が行ったことのない、そこへ自分も行きたいと願っているローマの教会へ送った手紙では、「使徒パウロ」と言っています。でも、それだけなのです。しかし、このガラテヤ書では、「使徒となったパウロ」の後に注釈がついています。それは「私が使徒となったのは、人間から出たことではなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです」という長い説明です。こんな説明を加えているのはガラテヤ書だけですね。
 察するのに、ガラテヤの諸教会には、パウロの使徒性を否定する動きがあったのでしょう。それに対してパウロは、自分が使徒であることを強調しなければなりませんでした。しかも私は、人間から任命されて使徒になったのでもなく、人間的機関を通して使徒に任命されたのでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神とによって使徒とされているのだ、ということを強調しているのです。
 パウロを使徒として召してくださったキリストは、死者の中からよみがえらされたお方です。そしてパウロは、《キリストを死者の中からよみがえらせた神によって、そしてよみがえらされたキリストによって、私は使徒として召されている》ということを強調しているのです。このことを、よく黙想していただきたい。パウロを使徒として召してくださったキリストは、復活したお方であり、まさに生きておられるお方であります。
 私の信じるキリストは、私を救ってくださったキリスト、今も私と共におられるキリストです。それは、ここでパウロが言っているのと同じキリスト、すなわち、神によって死者の中からよみがえらされたお方に他なりません。そのキリストは、「今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになった」お方でもある、と4節に書いてあるのです。
 十字架につけられて私たちのためにご自身を捨てたイエス・キリストは、復活して活きておられるキリストでもあります。この両者が切り離されてはいけません。私と共におられるキリストは復活者であり、活けるお方です。でも、そのキリストは、私の罪のために十字架にご自身を差し出してくださったお方でもあります。両者を結び合わせると、《十字架につけられたままの復活のキリスト》と言うことができるでしょう。
 パウロは、そのままズバリの表現ではありませんが、それに似た言葉を3章1節に述べています。「ああ愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に、あんなにはっきり示されたのに……」と。彼がガラテヤ人の目の前にはっきり示したのは、「十字架につけられたキリスト」です。そのキリストは、《2000年近く前、ゴルゴタの丘で十字架につけられたキリストである》と、短絡的に思ってはなりません。カトリック教会では、十字架につけられたキリスト像が、礼拝堂やその他の部屋に掲げられています。それはゴルゴタの丘で十字架につけられたキリストであると同時に、復活者キリストでもあられます。それはまさに、復活のイエス様が十字架につけられているお姿に他なりません。
 日本のキリスト教の弱さは、その宣教に不足があったからだと思います。それは十字架のキリストと復活のキリストが切り離されて、別々に考えられていた傾向があることです。「十字架につけられたキリスト」と言われていますが、これは《十字架につけられたままのキリスト》と言うべきで、もう少し丁寧に言うと、《十字架につけられたままの復活のキリスト》であります。パウロが伝えた福音とは、《十字架につけられたままの復活
のキリストの福音》なのです。このことは、しっかり皆様の心に刻んでください。それのみが真正な福音であることを、パウロは本書で強調しているのです。それこそパウロの揺るぎない確信でありましたが、私たちも彼と同じ確信を持たせていただきましょう。
 ガラテヤの諸教会は、パウロによって開拓され設立されました。そのガラテヤの諸教会に、パウロが去った後、パウロと異なる福音を伝える者たちが入り込んできました。すると、ガラテヤの諸教会の信徒たちが、その者たちの教えになびいていく情況が生じるようになったのです。6節「私は、キリストの恵みをもってあなたがたを召してくださったその方を、あなたがたがそんなにも急に見捨てて、ほかの福音に移って行くのに驚いています。」 ここでパウロは「ほかの福音」と言いましたが、7節で「ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです」と述べ、それこそ福音でないものに変質された、まさに《非福音》であることを明らかにしているのです。
 そのようにパウロから非福音と言われているものの実態は何か。それは伝統的に、マルティン・ルターの理解を引き継いで、行いによる救いを説く律法主義的な教えとみなされてきました。ですから、対立の図式は、行いによる救いか、キリストを信じる信仰による救いか、ということになるのです。《私たちは行いによる救いではなく、信仰による救い・恵みによる救いを選ぶ。それこそ福音だ》と、教えられてきました。この教えは対立軸がはっきりしているので、とても分かりやいのではないでしょうか。
 最近は当時のユダヤ教についての研究が格段の進歩を遂げました。当時のユダヤ教では、行いによる救いが説かれていたのでしょうか。説かれていたのであれば、以上の伝統的な理解は正しかったことになります。でも、当時のユダヤ教の実態はそうではなかった、ということが明白になったのです。ユダヤ教は旧約聖書に基づいていますが、旧約聖書は行いによる救いを説いているのか。説いているという理解が、単純化されて分かりやすいので、何となく受け入れられたのかもしれません。でも、ユダヤ教の研究が進むにつれ、行いによる救いなど教えていなかった、ということが明らかになったのです。
 ユダヤ教でも、私たちは神の恵みによって救われる、と教えておりました。《私たち取るに足りない小さな民を、神は恵みによって選び、特別な契約の中に入れてくださったのです》と、旧約聖書の中ではっきり言われているではありませんか。このように旧約聖書でも、恵みによる救いが強調されています。では、キリストの福音が教える恵みによる救いと、どこがどう違うのでしょうか。
 ガラテヤ書には、「律法の行い」という言葉が出てまいります(2:16)。「律法の行いによっては義と認められない(救われない)」とパウロは言います。これは《行いによって救われるという律法主義的な考え方を表している》という理解が通説とされてきました。そのように理解することが、とても分かりやすかったからだと思います。
 ところで、ガラテヤの諸教会に間違った教えを持ち込んだ人々も、《人が救われるのはイエス・キリストを信じる信仰による》と教えていたのです。その点ではパウロと同じでした。違うのは、彼らが《信仰によって救われた生活をきちんとするためには、神との契約に入れられたユダヤ人のように割礼を受け、安息日を守るようにしなさい》と教えた点にあります。具体的で分かりやすかったからなのでしょうか、ガラテヤの諸教会の多くの人がその教えに従って行ったのです。
 それに対してパウロは言います。《私たちが救われるのも、私たちの救われた生活も、ただキリストを信じる信仰による、そのようにキリストに信頼することに尽きる。それに何も加える必要はない》と。もしそれだけでは足りないと、それに割礼や安息日の問題を加えたなら、パウロがそのために召された《異邦人への福音伝道》への道が閉ざされてしまうことは、火を見るよりも明らかなことでした。本当にパウロは、じっとしていられない気持ちだったのです。
 ジェリー・ブリッジズ先生は、その著『恵みに生きる訓練』の中で、アメリカの教会では、《キリスト者になったら、福音だけでなく、それ以上に弟子訓練が大事である》という考え方が強いことを述べ、それが危険であることを指摘してくれています。《福音を信じるだけではキリスト者として足りない。弟子訓練を受けなければいけない》という主張は、よくよく考えると、ガラテヤ書の問題の現代版と見てよいのではないでしょうか。教えとしては、分かりやすいのかもしれません。ですから、日本の教会にも持ち込まれて、いろいろな形や方法で弟子訓練が行われているのを見たり、聞いたりしております。
そうだとすると、現代日本の福音主義的な教会にも、福音を福音でないものに変質させてしまうような危険の芽が潜(ひそ)んでいるのではないか。そのことを私は心配しています。パウロが言うように、キリスト者の生活においても、福音を信じることに何も加える必要がないのです。福音の信仰に徹することが、キリスト者になるためにも、キリスト者になってからも、一番の重要事であることに変わりありません。救われていない人は救われるために福音を必要としています。それに優って、キリスト者もキリスト者として生きるために福音を必要としているのです。
 パウロにとって、福音は《キリストをよみがえらせた父なる神の福音》です。十字架につけられたキリストを、神はよみがえらせてくださいました。この十字架と復活の出来事によって、神は私たちを悪の世界から救い出し、「新しい創造」としてくださいます。恵みによって救われたなら割礼を受けることが大事だという人たちに、パウロは本書の終わりの方で、「割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です」(6:19)と言っているのです。まさにキリストが死からよみがえらされたように、私たちキリスト者は古い人から新しい人によみがえらされ、「新しい創造」とされるのです。

 そのことを可能にしてくれるのは、キリストをよみがえらせた神の福音の他にありません。その福音に何かを加える必要などないのです。もちろん、いろいろな訓練を受ける必要があるでしょう。その時は、それらの訓練を喜んで受けてまいりましょう。聖書をよく学び、祈りにも励みましょう。教会の礼拝に休まず出席し、その活動に喜んで参加しましょう。しかし、そうするのは、福音を信じることだけでは足りないからでも、それに何かを加える必要があるからでもありません。それらはすべて、福音によって新しい創造とされた者の喜びと感謝の表れとしての奉仕にすぎないのです。そのことについては、ガラテヤ書の学びが進む中で、さらに学びを深めてまいりましょう。   (2006.9.3 村瀬俊夫)