2015年12月23日水曜日

《ガラテヤ書連続説教 3》 異邦人への福音伝道が認められた

  ガラテヤ書連続説教の第3回目ですが、朗読した箇所から「異邦人への福音伝道が認められた」と題して話します。エバンジェリズム(evangelism)は「伝道」と訳されているのですが、この英語は「福音」を意味するギリシア語エウアンゲリオン(euangelion)に由来するので、私は「福音伝道」と訳すべきだと思っています。
現在、私も監修者の一人として関わる形で、いのちのことば社から2008年8月に刊行していただく予定の『リフォームド神学用語辞典』の翻訳作業が始まっています。そのため改革派教会と長老教会から40代を中心とした10人の翻訳者が選ばれ、近く翻訳者の打合せ会が開かれます。そのため180くらいある用語の訳語をあらかじめ決める作業を済ましており、用語の一つのevangelismについては[私の提案が容れられて]訳語を「福音伝道」とすることが決まっています。
  パウロは異邦人に福音を伝えました。この異邦人への福音伝道が認められたということは、大変な出来事だったのです。今の私たちから見れば、当たり前のことでしょうが、その当たり前のことがそうなるためには、想像を絶する産みの苦しみがありました。そのために神に用いられた人(いわば立役者)がパウロであった、と言ってよいでしょう。
 キリスト教はユダヤ教の中から生まれました。ユダヤ教はキリスト教の母体であり、ユダヤ教の背後に旧約聖書があります。そのユダヤ教はユダヤ人中心主義です。神に選ばれた民族はユダヤ民族で、それをイスラエル民族とも言います。神の約束はイスラエル民族に与えられた。契約の民、それはイスラエルである。今日のユダヤ教徒も、特に保守的なユダヤ教徒は、その考えを強く持っているのではないでしょうか。パウロの時代のユダヤ教徒は、その考え方に凝り固まっていたと言ってよいでしょう。ですから、イエス・キリストの福音が異邦人にも伝えられていくとなれば、それは大変なことでした。
しかし、翻(ひるがえ)って旧約聖書をよく見てまいりますと、神がイスラエルに与えてくださった約束は異邦人にも光を及ぼしていくものだ、という予告や預言があるのです。旧約聖書の至る所に書いてあるわけではありません。よく読んでいくと、預言者の書や詩篇の中に、特にイザヤ書40章以下に、それを見ることができます。イスラエル民族は異邦人に対して光となるべきだ、とするイスラエル民族の使命に言及している箇所もあるのです(イザヤ42:6;ルカ2:31参照)
そういう流れで見るなら、イエス・キリストの福音はユダヤ民族やイスラエルの壁を越えて、広く全世界へと伝えられていかなければなりません。ですから、神はそのことを歴史の中で必ずなさるのです。そのために人を起こしてお用いになる。そのようにして用いられた人がパウロなのです。
前回、パウロの回心と召命について学びました。ダマスコの近くで天からの光に打たれて地に倒れ、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」(使徒9:4)という声を聞いたサウロは、復活のキリストに出会わされたのです。そのとき彼は、これまで迫害してきたキリスト者と教会の中に《復活のキリストが共におられたのだ》という事実を深く悟らされたに違いありません。そのとき彼が聴いたキリストの御声は、彼をとがめる声ではなく、彼の大きな過ちを赦そうとしている、いや赦してくださる愛に満ちた御声でした。それで彼の心は百八十度転回し、キリストに従う道へと導かれるようになったのです。
それだけではありません。今自分が聴いて体験した罪の赦しの福音を、多くの人々に伝えていきたい、そしてユダヤ人が異邦人の光となるという使命に応えていきたい、と強く願うようになりました。「キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によって」(1:2)異邦人への使徒として召された、という揺るぎない確信を与えられていたパウロは(1:15-16)、もうすでに異邦人への福音伝道を開始していたのです(1:17.21参照)
 それで彼は、すぐにエルサレムへ行くことはしませんでした。初めてエルサレムに上ったのは回心から三年後でした(1:18)。彼はエルサレム教会との関係を保つことの重要性を知っておりました。そこは福音伝道の発祥地であります。イエス・キリストの福音は、エルサレムから全世界へ宣べ伝えられていくのです(ルカ24:47;使徒1:8参照)。彼は最初の訪問でエルサレムに十五日間滞在し、エルサレム教会の代表者であるヤコブ、使徒たちの代表者であるケパ(ペテロ)と会っています(1:18-19)。その時は、福音における一致を確認したのではないかと思います。
 彼が再びエルサレムを訪れたのは、「それから十四年たって」のことであり、それが今回の学びの箇所になります。その十四年間に、パウロはバルナバと協力して異邦人への福音伝道を進め、成果も上げておりました。バルナバはパウロにとって先輩であり、彼を導き、弁護し、引き上げてくれた恩人でもあります。そのバルナバと共に、もう一人、異邦人伝道の成果としてキリスト者となった異邦人テトスを連れて、パウロは「再びエルサレムに上りました」(1)。そのエルサレム上りは、何のためだったのでしょうか。
 パウロは、このガラテヤ書において、《イエス・キリストの福音による救いには、ユダヤ人も異邦人もない》、《ユダヤ人も異邦人も等しく、キリストへの信頼のみで救われる》と確信して、信仰義認の教えを展開しています。もう少し先の2章後半(15節以下)で、そのことを学びます。《イエス・キリストの信仰によって人は義と認められるのだ》、《イエス・キリストへの信頼のみで私たちは救われるのだ》という教えを、パウロはガラテヤ書で唱えていますが、それは彼自身が異邦人への福音伝道を進める中で主張してきたことなのです。
 その主張が、ユダヤ人として律法遵守を重んじているエルサレム教会で認められるだろうか。このことが、パウロにとっての大きな心配事であったのです。パウロは、異邦人への福音伝道が着々と成果を上げていく中で、エルサレム教会との関係をしっかり保ち、きちんとしたものにしなければならない、ということを教示されていたに違いありません。そうしないと、エルサレム教会と全く関係のない別の教会、いわばパウロ教会のようなものができてしまいます。そうすれば、キリストの福音を信じる者たちの分裂という事態になるのです。
 キリストの福音にあっては、ユダヤ人も異邦人もない。ユダヤ人中心の教会があってもよい。異邦人中心の教会があってもよい。ユダヤ人と異邦人が混じり合った教会があってもよい。でも、どの教会も福音においては一つである。このことが何よりも大事なことであります。そのことをしっかり確認し、そのうえで今後の福音伝道を異邦人の間で進めていくようにしなければなりません。そのためにも、エルサレム教会との関係をきちんとし、エルサレム教会の承認を得ておくことが必要不可欠である、とパウロは考えたのです。《そうしておかないと将来は大変なことになる》という危機感すら覚えていたに違いありません。それで最初の訪問から十四年を経た紀元48年頃、再びエルサレムに上って行ったのです。
 このエルサレム上りは、エルサレムで重要な会議か開かれたためである、と考えられています。今回学んでいるガラテヤ書2章1節から10節までには、会議が開かれたとは書いてありません。でも、ここに書いてあることは、間違いなく、会議が開かれていた場面においてのことなのです。それは、使徒の働き15章に記されている出来事と相応している、と考えていただいてよいと思います。使徒の働き15章には、エルサレム会議のことが、もっと詳しく書いてあります。
 しかし、詳細な点では、使徒の働き15章とガラテヤ書2章との間に違いがあります。それでガラテヤ書2章のエルサレム上りは、エルサレム会議への出席ではなかった、という説も立てられています。それでも私は、いろいろな点を総合して考えると、《このエルサレム上りはエルサレム会議のためであった》と考えてよろしいのではないか、と思っております。
 会議がエルサレムで開かれることになりました。それは《異邦人への福音伝道が認められるのか否か》を決するための会議であったのです。ですから、《これは本当に重要な会議であった》ということが、よく分かりますね。パウロがこれまで主張してきたこと、行ってきたことが、エルサレム教会で認めてもらえるのかどうか。福音はユダヤ人にもギリシア人(異邦人)にも、なんらの区別や差別もなく、《だれでも、ただイエス・キリストを信じることによって義と認められる》という形で提供されているという《信仰義認論》をパウロは唱えてきました。それがエルサレム教会で認めてもらえるのかどうか。そして、異邦人への福音伝道をエルサレム教会が公に認めてくれるのかどうか。この決定的に重要なテーマに判断が下される会議―それがエルサレム会議であったのです。
 ところで、パウロがテトスを連れて行ったことは、使徒の働き15章には書いてありません。テトスは、パウロを助けた働き人として、彼が「テトスへの手紙」を書いたとされるくらい重要な人物です。パウロの手紙には、テモテと共にテトスがよく登場します。コリント教会の問題の解決に当たらせるために、パウロが代理に遣わしたのがテトスでした(コリントⅡ7:6参照)。テトスはパウロの信頼の厚い弟子であったのです。そのテトスのことが使徒の働きに全然出てこないのは、どうしてでしょうか。これは一つの謎ですね。
 パウロがバルナバの他にテトスを連れて行ったということには、大事な意味があります。もしもテトスが、エルサレム教会で《お前は割礼を受けなければ一人前のキリスト者ではない》と言われたなら、パウロの主張や立場はなくなります。そう言われないで済むかどうか。そう言われずに、テトスが割礼を受けないままでキリスト者として受け入れられるだろうか。無割礼のテトスをエルサレム教会が兄弟として迎え入れてくれるだろうか。このことは、エルサレム教会が《異邦人への福音伝道を公認するのか否か》のテストケースであったのです。
 さて、そのテトスのことについて、パウロはこう書いています。「しかし、私といっしょにいたテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を強いられませんでした」(3)。これはパウロにとって、本当にうれしいことでした。テトスは無割礼のギリシア人のままでキリスト者として迎えられたのです。もう何も言うことはありません。続いて記されていることは、異邦人のままテトスがエルサレム教会の交わりに入れられたことの成果を形に表していったものにすぎない、と見てよいのではないでしょうか。
 6節以下に飛びましょう。エルサレム教会の「おもだった者と見られていた人たち」(6)とは、「柱として重んじられているヤコブとケパ(ペテロ)とヨハネ」(9)のことです。ヤコブは、イエス様の肉による弟さんで、イエスの母マリアと夫ヨセフとの間に生まれた子です。このヤコブがエルサレム教会の重鎮になっていました。伝承によると、彼は律法を守ることに熱心で、義人ヤコブと呼ばれていました。このヤコブがエルサレム教会の代表者であり、それに使徒たちの代表者であるペテロとヨハネを加えたエルサレム教会の重鎮たちは、パウロの主張や立場に対して、「何もつけ加えることをしませんでした。」
使徒の働き15章を見ると、少しばかりつけ加えられた「ただ、偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるように」という回避事項の教令があります(20節)。パウロの場合、他のすべての手紙を見ても、そのような回避事項の教令への言及が全くありません。この点での食い違いを、どう見るべきでしょうか。たといそのような教令があったとしても、パウロにとっては取るに足りないものとしか思われず、あえて無視したのではないでしょうか。
 エルサレム教会の重鎮たちが、パウロの主張や立場に何もつけ加えなかったのは、「ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私(パウロ)が割礼を受けない者への福音をゆだねられていることを理解してくれた」からであります(7)。そこでパウロは、「ペテロにみわざをなして、割礼を受けた者への使徒となさった方は、私にもみわざをなして、異邦人への使徒としてくださったのです」と(8)、エルサレム会議において、自分が異邦人への使徒として公認された喜びを表現しているのです。
その喜びの表現は、9節にも続きます。「私に与えられたこの恵みを認め、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し伸べました。それは、私たちが異邦人のところへ行き、彼らが割礼を受けた人々のところへ行くためです。」 このようにエルサレム教会の重鎮三名とパウロ及びバルナバとが交わりのしるしとしての握手をしたことは、本当に劇的な、そして歴史的な出来事であったのだ、と私は思います。
それは、異邦人への福音伝道がエルサレム教会において公に認められた、まさに歴史的瞬間でありました。こうして、キリストの福音が全世界に宣べ伝えられていく、確固たる基礎がここに据えられたのです。このように断言することができ、また理解することができると思います。
 そして最後に、2節にさかのぼって注目したいことがあります。パウロが再度のエルサレム上りについて、「それは啓示によって上ったのです」と言っているのは、何を意味しているのでしょうか。「啓示によって」という一句は、この場合、《イエス・キリストご自身の指示を受けて》という意味に理解するのがよいでしょう。
 ここでパウロは、エルサレム会議が招集されるに際し、その議員として指名(あるいは登録)されてエルサレムに上っているのではありませんか。私も近く開かれる第14回日本長老教会大会に議員として招集され、議員登録をしましたから出席しようとしています。それなのに「私は啓示によって出席します」なんて言うと、少し変に思われないでしょうか。それなのに、ここでパウロが、あえて「啓示によって上ったのです」と言う理由は、何だったのでしょうか。

 私はこう思います。パウロは彼の内に生きておられるキリストの導きを確信して、エルサレムに上ったのです。《活ける復活の主キリストが私を導いておられるのだ》という確信を、彼は「啓示によって」と表現したのではないでしょうか。それは私たちの歩みにも当てはまる大事なことであると思います。いつも、《私と共におられる活けるイエス様が導いてくださっている》という確信をもって行動したいものです。  (2006.11.12 村瀬俊夫)

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